お知らせ

News

研究

酸化ダメージからキューティクルを保護する新技術を確立

  • カチオン性物質の前処理によって、ヘアカラーやブリーチ施術によって生じる酸化ダメージからキューティクルを保護する新たなヘアケア技術を確立した。
  • カチオン性物質の前処理により、18-メチルエイコサン酸(18-MEA)の損失を抑制する効果、およびキューティクルの剥離を抑制する効果が得られることを確認した。
  • 本技術によって、酸化ダメージを伴う施術においても毛髪本来の構造を保持することで、美しいヘアデザインをより長く楽しむための製品の実現が期待される。
  • 本研究内容は、第 50 回日本香粧品学会学術大会にて口頭発表した。

背景と目的

ヘアカラーやブリーチは、毛髪に明るさを与え多様なヘアデザインを実現する美容施術です。しかし同時に、酸化作用により毛髪周縁部キューティクルの剥離や、キューティクル最表面に結合している脂質である 18-メチルエイコサン酸(18-MEA)が失われてシステイン酸が生じる(図 1)など、酸化ダメージを引き起すことが知られています。これらの酸化ダメージにより、毛髪のツヤ感や手触りなどの質感低下につながるため、質感を向上させるためのトリートメント剤など様々なヘアケア製品の開発や、ヘアケア技術の研究が行われています。

図1. キューティクル表面の 18-MEA への酸化ダメージのイメージ

既存の研究では、酸化処理により 18-MEA が失われてしまったキューティクル表面に対して、脂質などの補修成分の付着性を向上させることで、持続的な質感向上を目指したものが見られます。一方、酸化ダメージそのものを抑制するために、抗酸化物質の適用を検討した事例も見られますが、18-MEA の損失を予防することが可能であることを直接示した例はほとんど見られません。

図 1 に示すように酸化処理により 18-MEA の損失が生じるだけでなく、図 2 に示すように酸化処理後のキューティクルにコーミングなどの負荷がかかることでキューティクルの剥離につながってしまうという先行研究にも着目し、18-MEA の損失の抑制が可能になれば、キューティクルの剥離の抑制につながるだけでなく、毛髪全体の酸化ダメージの抑制にもつながる重要な技術課題であると考え、検討を進めてきました。

図2. 酸化処理による 18-MEA の損失後、キューティクルエッジが脱落するイメージ 

本研究では、18-MEA 自体に酸化処理に対する耐性を付与することが出来れば、18-MEA の損失に対して高い予防効果が得られるのではないかという仮説を立て( 2)、このアイディアを実現するための物質の探索を行った結果、一部のカチオン性物質(クオタニウム-33 など)の前処理によって、予防効果が期待できることが明らかとなりました。

より詳細に研究を進めたところ、見出したカチオン性物質が 18-MEA の損失を予防することを直接的に示す結果をイメージング質量分析により得ることが出来ました(研究成果 1)。さらに、酸化処理直後にコーミングを繰り返し行った毛髪のキューティクルを観察することでキューティクルの剥離の予防にも繋がることを示す結果が得られました(研究成果 2)。以上から、毛髪の酸化ダメージを予防する新たなヘアケア技術を確立することが出来たと考えられます。

研究成果 1】 前処理無し/有り条件でのブリーチ処理毛の 18-MEA のイメージング質量分析

前処理無し、またはカチオン性物質の前処理有りの各条件でブリーチ処理した毛髪について、ナノ微粒子支援型レーザー脱離/イオン化(Nano-PALDI)質量分析法による 18-MEA のイメージング質量分析を実施した結果を図 3 に示します。

前処理無しブリーチ処理毛の結果から、ブリーチ処理液に浸漬した部分において、18-MEA がほとんど存在しないことから、前処理無し条件では 18-MEA がほぼ失われてしまうことが分かります。

一方、カチオン性物質前処理有りブリーチ処理毛の結果では、ブリーチ処理液に浸漬した部分においても、浸漬していない部分とほぼ同等に 18-MEA が存在していることが分かります。

以上から、本研究によって見出したカチオン性物質の前処理によって、酸化処理による 18-MEA の損失を抑制することを直接的に示す結果が得られたと考えられます。

図3. 前処理無し/有り条件でのブリーチ処理毛の 18-MEA のイメージング質量分析結果

研究成果 2】  前処理無し/有り条件でのブリーチ処理毛のキューティクル剝離試験

カチオン性物質前処理有りブリーチ処理毛において 18-MEA の損失を抑制する結果が得られたことを受けて、図 2 で予想したように、キューティクルの剝離の抑制にも繋がるか検討を行いました。

前処理無し、またはカチオン性物質の前処理有りの各条件でブリーチ処理直後の毛髪に対して、コーミングを行うことで、キューティクルの剝離がより進みやすい条件としました。それぞれの処理毛について、走査型電子顕微鏡によるキューティクルの剝離状態の観察を行いました。

前処理無しブリーチ処理毛の結果から、キューティクルのエッジ間の距離が長く、エッジの剥離も多く生じていることが観察され、前処理無し条件ではキューティクルの剥離がかなり進行してしまうことが分かります。一方、カチオン性物質前処理有りブリーチ処理毛の結果では、エッジ間距離およびエッジ剥離の状態は未処理毛と近い状態であることが示されました。

以上から、本研究によって見出したカチオン性物質の前処理によって、酸化処理によるキューティクルの剝離を抑制することを示す結果が得られたと考えられます。


図4. 前処理無し/有り条件でのブリーチ処理毛のキューティクル剝離試験結果

まとめと今後の展望

キューティクルの最表面に存在する 18-MEA に酸化ダメージに対する耐性を付与するという新たなアイディアを実現するための方法を探索し、カチオン性物質の前処理によって可能であることを見出しました。さらに検討を進め、カチオン性物質の前処理によって、ブリーチ処理毛で生じる 18-MEA の損失やキューティクルの剝離を抑制することが可能であることを示す結果が得られました。

本研究により、毛髪の酸化ダメージを予防する新たなヘアケア技術を確立したことから、酸化ダメージを伴う施術においても毛髪本来の構造の維持が可能となることで、美しいヘアデザインをより長く楽しむための製品の実現が期待されます。


発表会第50回日本香粧品学会学術大会
発表タイトルカチオン性物質を用いた前処理による毛髪の酸化ダメージに対する予防効果
発表者富樫 孝幸,西垣 祥子,田中 二郎
発表日2025年7月4日~5日

用語解説

ナノ微粒子支援型レーザー脱離/イオン化(Nano-PALDI)質量分析法

ナノサイズの無機粒子をイオン化支援剤として用いることで、従来のMALDI法では困難だった低分子から高分子までの幅広い分子の検出を可能にした革新的な質量分析技術です。

福島大学農学群食農学類の高速質量分析イメージ取得システムの装置使用により、Nano-PALDI による 18-MEA のイメージング質量分析を実施させていただきました。

・ 18-メチルエイコサン酸(18-MEA)

炭素数20の分岐脂肪酸の一種で、18番目の炭素にメチル基(CH₃)がついています。主に髪の毛のキューティクル表面に存在し、毛髪の滑らかさ、ツヤおよび疎水性に関わり、ヘアカラーやパーマによって失われやすく、ゴワつきやパサつきの原因とされています。

ヘアカラーやブリーチ施術における酸化処理

髪を染めたり脱色したりする際の化学反応の中心的な工程です。過酸化水素(H₂O₂)などの酸化剤とアンモニア(NH3)などのアルカリ剤を組み合わせることで、毛髪のメラニン色素を分解し、染料を酸化重合させて発色させます。